シリーズにするほど継続して書くことはない気がするが、とりあえず「このツールの使用について」という意味でTwitter日誌と題しておく。
最近ツイートをすることによる効果を実感したことがあったので書き留めておく。いわゆるライフハックである。
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シリーズにするほど継続して書くことはない気がするが、とりあえず「このツールの使用について」という意味でTwitter日誌と題しておく。
最近ツイートをすることによる効果を実感したことがあったので書き留めておく。いわゆるライフハックである。
複数の情報を扱う時、何かしらの観点で括れそうな気がすると括りたくなる。
物事と物事の間に共通点や相違点を見出すことは理解の基本であって、見出した瞬間には脳内に快感物質が出ている気もする。括れるところで括り、分けられるところで分けるのは気持ちが良いのである。
それは同時に、括れるはずなのに括れていない、分けられるはずなのに分けられていない、という認識が自分を不満にさせる可能性も示している。
一年の総集編として、今年このブログに書いた全ての記事からそれぞれ一部分をピックアップしてみた。
記事の内容の核になっているとは限らないが、このブログがどういうブログかが大体わかると良いなと思ってコアな部分を選んだつもりでいる。
このブログを開設してから書いた記事が40本になったらしい。
ここを作る前にもいくつかのブログを開設しては削除し、noteも数回集中的に書いては途絶えということを繰り返したのだが、それらと今とで違っていることがひとつある。書き始めた時と書き終えた時とでの自分の変化である。
前回の記事以降、ブログを書く以外のことに意識が向いていて少し間が空いてしまった。
他のこととは、CSSを書いたりJavaScriptの勉強を始めたりGitで古いファイルの分岐の混乱を解消したりDynalistやScrapboxに情報を整理したりといったことで、それはそれで日々進歩があって気分は充実しているのだが、とはいえ「投稿する」ということをしないでいると私としては人生の蓄積を感じられない。やはり人に読んでもらうに足る文章を生産する努力を継続することが自分にとって必須なのだろう。
先月いっぱい、ブログの書き方ド下手問題と題して「ブログを投稿する」ということが如何に難しく厄介な試みであったかを語った。
ブログの投稿には本当に苦戦したのだが、一方で、文章を書くことそのものは(客観的な上手い下手はともかくとして)それほど苦手ではないようである。とりあえず、自分の中では他のあらゆる表現手段より文を書くのが自然で苦労のない選択だ。
とはいえ、何も意識せずにスラスラと書いているとかいうことではない。ひとつ気をつけていることがあって、今回はそのことについて書いてみようと思う。物書きでもないのにそういう話をするのは烏滸がましいようだが、自分の頭の中をメモとして書き留めているだけということで許されたし。
デジタル日記の試み語り第四回。今回で現時点の試行錯誤の報告としては最後になる。
デジタル日記の試み①~Scrapboxに日記用プロジェクトを作ってみる~
迷走時代→Scrapbox→Notion+Word、と来て、結局今どうしているのかという話をしていく。