これまで2回に分けて書いてきた、「構造ノート」とはなんであるか、という話をまとめたい。
このブログは更新を終了しました。移転先はこちらです。
2021-04-25
2021-04-21
Obsidian日誌:構造ノートとはなんぞや②~文脈には前提・操作・根拠が必要である~
あらすじ
- 以前noteの記事にて、構造ノートの意義を「自分の問題意識に基づいて複数のノートを構造化し、文脈を与えるために存在しています。」と表した。
- その表現に対し、自分で不満を感じたので言い直したいと思った。
- 前回は「構造化」の三文字について考えた。
- 構造化は自動的機械的にはできない。
- うまくいった構造の型も使い回せるとは限らない。
- 事例の特殊性に気づくためには自己観察と言語化の努力が必要である。
今回考えたいのは、「文脈を与える」という表現で言い表したかった意味合いについてである。
2021-04-19
Obsidian日誌:構造ノートとはなんぞや①~構造作りは自動化できない~
タイトルに「Obsidian日誌」と示している通り、これは私個人の模索を記録したシリーズとして書くものである。
以前noteに書いた記事にて、Zettelkastenでノートを作る際には「Index or Structure notes」という役割のページが生み出され、私は(jMatsuzakiさんに倣って)それを「構造ノート」と呼んでいますという話をした。
この記事の中で当時の私は、構造ノートの意義を「自分の問題意識に基づいて複数のノートを構造化し、文脈を与えるために存在しています。」と書き、また「シールを集めるための台紙のようなものです。」と喩えている。
これを書いたときはそれで明瞭に定義できているかのような気分になっていたのだが、それから一ヶ月と少し経ち、なんとなく肝心なことを言えていないような気分がじわじわと滲み出てきた。
2021-04-11
Obsidian日誌:フォルダ分けにDoMA式の「フラットスタイル」を採用する
普段、日記や考え事にはObsidianというMarkdown管理ツールを使っている。
Obsidianとは何かということについては、簡潔に言い表すのが難しいので以前noteに書いた記事をお読みいただけると幸いである。この記事の最後に素晴らしい解説記事の数々へのリンクも貼ってあるのでご活用いただきたく。
さて、毎日Obsidianを使ってあれこれメモして考えて熟成させてということをしているのだが、ObsidianはPC用のデスクトップアプリであり、Obsidianの優れた検索・リンク機能はスマートフォンでは使えない。似た環境を用意できるものとしてiPhoneでは「1Writer」というアプリが良いらしいという話は聞くが、当方はAndroidを使っているのでそのアプリには頼れない。ゆえに、スマホからファイルを開きたくなったときにどういう格好であったらよいだろうかということを前から考えていた。
唸っているうちにはたと思い出したのが、「DoMA式」である。
2021-04-05
アウトライナー日誌:「設計図」または「説明図」という意識を持ってみた
「アウトライナーの使い方ド下手問題」を締めてから、どういう括り方で書いていこうかと考えていたのだが、私にはやはり人様への提案ではなく自分のトライアル・アンド・エラーの吐露が合っていそうである。
よって、今後は「アウトライナー日誌」というシリーズで書いていくことにした。うまくいっているかもしれないし、いっていないかもしれないが、誰かの何かの参考になれば幸いである。
さて、今回は「アウトライナーを何のために使うのか」という話である。
2021-03-27
アウトライナーの使い方ド下手問題~まとめ~
ここまで五回にわたり「私はアウトライナーの使い方が下手くそだった」という話をしてきた。アウトライナーについて話したいことはまだ尽きないが、「アウトライナーの使い方ド下手問題」というテーマとしてはここでひとつの区切りとしたいと思う。
今回は各記事の簡単な振り返りと、今私がアウトライナーに対して持っている認識の整理をしていきたい。
2021-03-25
アウトライナーの使い方ド下手問題⑤~事前アウトラインと事後アウトライン~
今回が一応この連載の最後の内容となります。
- アウトライナーの使い方ド下手問題~はじめに~
- アウトライナーの使い方ド下手問題①~「きちんとしている感」との格闘~
- アウトライナーの使い方ド下手問題②~アウトライナーは「今」のものである~
- アウトライナーの使い方ド下手問題③~「自分」はもはや「宇宙」である~
- アウトライナーの使い方ド下手問題④~オールインワンという幻想~
前回までは、いずれも「アウトライナーというツールにどういうスタンスで向き合うべきか」という観点でのド下手要因について考えるものだった(と今気がついた)。
今回は、アウトライナーをそれなりに活用できている状態で、それでも発生するストレスについてひとつ考えていきたいと思う。
それは何かといえば、「最終形態が"未完成"のまま問題」である。
2021-03-23
アウトライナーの使い方ド下手問題④~オールインワンという幻想~
少し間があいてしまいました。
- アウトライナーの使い方ド下手問題~はじめに~
- アウトライナーの使い方ド下手問題①~「きちんとしている感」との格闘~
- アウトライナーの使い方ド下手問題②~アウトライナーは「今」のものである~
- アウトライナーの使い方ド下手問題③~「自分」はもはや「宇宙」である~
前回は、なぜ倉庫化するかという問いについて、主に情報を置いていく過程で発生する問題を考察した。主に扱う対象が広すぎること、アウトライナーを使った模索にケリがつかないことがゴミ屋敷化を招くという話をした。
今回はそれよりも基本的な、ツールとの向き合い方について考える。
2021-03-18
アウトライナーの使い方ド下手問題③~「自分」はもはや「宇宙」である~
ここまで私がアウトライナーを適切に使えなかった要因を書いてきたが、まとめ直すと以下の通り。
- 「きちんとしている感」に負けている
- 箇条書きという形式の引力に負けている
- ツールの洗練された見た目に負けている
- 「倉庫」として使おうとしていた
- 情報がエネルギーを失い静的になっている
- 情報の種類が雑多で量が多い
前回、「情報がエネルギーを失い静的になっている」という失敗体験に対し、アウトライナーは「動的」に保ってこそアウトライナーであり、つまり「今」作業するためのものとして使うのがよかろう、という話をした。
今回は「『倉庫』として使おうとしていた」問題の二つ目、「情報の種類が雑多で量が多い」ということについて考えていきたい。要するにゴミ屋敷化である。
2021-03-11
アウトライナーの使い方ド下手問題②~アウトライナーは「今」のものである~
アウトライナーを適切に使えない要因として自分の中に以下の二点の理由がある、という話の続き。
- 「きちんとしている感」に負けている
- 「倉庫」として使おうとしていた
前回はアウトライナーの「きちんとしている感」、分解すると「箇条書きという形式の引力」と「ツールの洗練された見た目」から来る要因を書いた。
今回は理由の二つ目、「『倉庫』として使おうとしていた」ということについて考えていこうと思う。