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2023-09-19

「活用可能なフレーズ」再考――過去記事を磨く

 かなり前に、「活用可能なフレーズ」について考えた(記事はリンク先にまとめてある)。

 ここでの「活用可能なフレーズ」というのは、アイデアを元の文脈から切り離して別の文脈で活用するために作るべきもの、をイメージしている。


理想は「活用可能な見出し」

 また、少し前にはブログの小見出しの在り方について考えた(書き手のための小見出し)。

 この二つのことがたまたま頭の中で合わさって思い至ったのだが、自分のブログでやるものとして最も理想的な見出しの付け方というのは、各見出しが活用可能なフレーズになっていることではないか。

 毎回色々書いてはいるが、何かがすごく印象的に思われるということは多分ほとんどないと思う。というのは、引用したくなるような決め台詞的なものを配置していないし、読んだ後に使いにくい文章になっているという気がするからだ。明日から使えるフレーズみたいなものがあれば、自分が書いたものが無駄にならないかもしれない。

 まず自分自身が、この記事では何を言ったんだっけというのをパッと思い出せず、自分の文章を頭からお尻まで読むことになったりしている。今このことについて考えているのも、私自身が感じている「取り出しにくさ」を解消したいという思いが動機として大きい。もしも見出しが全て活用可能なフレーズになっていればその文章が死蔵されることはないという感じがする。


 ただそもそも、人を動かそうと思って書いているのではないから、明日から使えるフレーズのようなものを付けやすい内容にはなっていない。活用可能なフレーズについて前に考えた時には実際に作る過程も書き表したが(発想を文脈から解放するには③~実践とまとめ~)、フレーズを考えるのはかなり大変なことでもある。

 理想だけを言えば見出しが活用可能なフレーズになっていたらいいなと思うのだが、実践するのはちょっと無理かもしれない。


フレーズを後から作る

 記事を書くその時点ではフレーズ化するのが難しいとすると、その作業をやるなら後からやるということになるだろう。ブログ記事については今のところ投稿の手を止めないことを重要視しているので、良い感じの見出しを作りたいがために寝かせることになるよりは、本文はまず投稿してしまって、後からフレーズを整理した方が良さそうだと感じている。本ではなくブログだからできることだ。

 思ったことの文章化のフェーズと、それを活用可能にするフェーズのセットで記事にするのも面白いかもしれない。そうするぞと決めると絶対続かなくなるのでそういう決まりを作ることはしないが、そのようなパターンがあってもいいと思う。活用可能なフレーズを作るというのは、毎度記事が作れるくらいの「重さ」がある。というか記事にしないと、大変に苦労した割に恰も一瞬で思いついたかのように見えて、大事な言葉に思われない感じがする。


 あるいは、ずーっと前に書いた記事の掘り起こしの機会として活用する手もある。昔に書いたこの話を活用可能なフレーズにしてみよう、という記事を新たに書くわけである。それはなんだかすごく楽しい気がする。

 何らかの工夫をしなければ昔の記事を読んでもらえることはまずないだろうし、「前に書いたので読んでください」と言ってもあまり面白みがないので、なるべく新たな価値を生みながら過去の文章を引っ張り出したい。活用可能なフレーズを作るというのはその点ちょうど良いのではないか。

 書けそうなことがなくて困ったという時にこれに取り組むことにすれば、ネタが尽きることもそうそうない気がする。


過去記事を磨く

 これは、自分の文章について、「書くことそのもの」と「価値付けすること」とを分けられることも意味するかもしれない。本は基本的に一度に全部やってしまわなければならないが、ブログは返し縫いのように行って戻ってができる。読み手にとって嬉しい形態かはちょっとわからないが、発信者としては自分の財産を築きやすいやり方に思える。これを繰り返して熟成したところで本にするという手もあろう。

 このことに何か表現を与えておきたい。「過去記事を磨く」とかは良いかもしれない。記事を書いた時点を原石の採掘として、後からそれを研磨する。

 ちなみに一応「過去記事は磨け」とすれば「過去に書いた記事があるなら(=トリガー)磨くべし(=アクション)」という意味の活用可能なフレーズになる。


 自分の記事全体を有機的に繋げていく意味でも、活用可能なフレーズを作ることを通して新旧の記事を行き来するのはきっと良い取り組みになるだろう。