ブログを無理なく書けるようになろう、という話の第五回。過去の回の記事はこちらからどうぞ。
今回は記事の完成度に対する気負いについて。
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ブログを書くことについて延々迷走している。迷走していない瞬間がないと言っても過言ではない。
と言っても私の場合は投稿をさっぱりしていないので(半年で二十本程度)、方向性の混乱が読み手に伝わっているわけではないだろう。方向性を感じるほど継続的に書いていないからだ。アウトプットに至る前の空間で迷走していて、書けないまま人知れずうろうろと彷徨っている。「作家になりたいと口では言っている人」のごとく、心が空回りするばかりで実績を構築できない。
アウトライナーなどを用いてアウトライン形式で情報を取り回す時に行う作業をどう表現するか、というのはなかなか難しい問題である。
以下、内容の種類にかかわらずアウトラインの形をしている状態(親項目があり、その下にインデントされた子項目があるという形態)を「アウトライン」と表記する。
自分の関心の領域を示すためには名前があってほしいので、これまで「知的生産界隈」などという表現で自分の関心を説明していたが、正直なところ「知的生産」という言葉は自分には合っていないので、言い換えを試みたい。
先日、倉下忠憲さんとゲストのTak.さんのポッドキャスト、「うちあわせCast」の第七十八回を拝聴し、何かを書くにあたってその範囲を内容または形式・サイズで制限するということについて語られており、思ったことがあったので書いていこうと思う。
なお、『ライティングの哲学』はまだ読めていないので、ひょっとしたら答えが全部そこにあるのかもしれないけれど、自分で思いついたことを自分で書くことをとりあえず達成したいので、まず書くことにする。
今更ながら今年になってGitとGitHubを活用し始めました。
と言っても、プログラムを書く人間ではないので専らメモの管理である。メモとはつまり文字を使って書き留めた情報全般のことを指す。私の場合は今のところMarkdownファイルとtxtファイルがGitHubのリポジトリのほとんどを占めている。