前回が⑨なので、今回は⑩にしようかと思ったが、シリーズ記事というよりは今の個人的な状況の話をするだけになろうかと思うので、番外編ということにする。
このシリーズではこれまで「書く気がある」「書く材料がある」ということを前提に、「ブログ記事にした時に自分で納得できない」という問題を回避するためにどうしたらいいかを考えてきた。今回考えなければならないのは、そもそもの前提が崩れた状態についてである。
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前回が⑨なので、今回は⑩にしようかと思ったが、シリーズ記事というよりは今の個人的な状況の話をするだけになろうかと思うので、番外編ということにする。
このシリーズではこれまで「書く気がある」「書く材料がある」ということを前提に、「ブログ記事にした時に自分で納得できない」という問題を回避するためにどうしたらいいかを考えてきた。今回考えなければならないのは、そもそもの前提が崩れた状態についてである。
このシリーズ記事では私の体験を記録として残すべくあれこれ書いていますが、読んでいても結局何をしたら真似できるのかわからんぞ、というご感想もあろうかと思いますので、私の環境を共有する記事もちょっと書いておこうと思います。
昨日、短文投稿サービスを彷徨うという記事を投稿した。その中で、Twitterには「自分の内面を自分で引き出す」という効用を感じているが、しかしそれはTwitterでなければならないものではないかもしれない、ということを考えた。
ずっと前にVBScriptというWindows用のプログラミング言語をちょっと齧ったことがありました。中高生向けにプログラミングの考え方を説いた本を手にとったことがあり、その中でこの言語の説明があったのが出会いのきっかけです。